オホーツクハッカ盛衰記
薄荷記念碑
明治44年11月、学田農場の一角である瞰望岩下の遠軽公園内に、薄荷記念碑が建立されました。上湧別村長が発起人代表となって寄付を募り、
「湧別原野の中でも、特に学田農場の開拓が著しく発展したのは、ハッカ栽培によるところが大きかった」として木製の記念碑が建立されました。
その後、長い年月のうちに木製の記念碑が老朽化してきたため、昭和33年、薄荷耕作組合員の手により、当町開基60周年を期し、現在の石碑へ建て替えが行われました。
「薄荷記念碑文」
当町におけるハッカの栽培は北海道薄荷発展の基礎を築いた発祥の地ともいえる即ち明治32年小山田利七氏外2名の当町字学田に於ける耕作がこれである
爾来急激な栽培は当遠軽町は勿論近郷町村の経済文化の向上に寄興するところが大きく明治44年には当町耕作者挙げて記念祭を挙行した
其の後諸般の情勢により幾多の盛衰を経たか北海道寒冷地帯の農家経済の安定を図る上に本作の重要性は益々その度を昂め本年は全道百万斤の生産に垂る隆盛をみるに至り洵にけんとするところである
ここに遠軽町開基60週年遠軽町薄荷耕作組合創立10週年を迎えるに当り碑を建て之を記念する
昭和32年6月15日
遠軽町薄荷耕作組合