瀬戸瀬 薬師山‐薬師寺如来堂と山神の碑‐
薬師山は国道333号沿い、標高373.4mの約1時間ほどあれば登れる低山です。
左手国道沿いには小規模ながら水芭蕉の群生があり、春には中服の岩肌で蝦夷紫つつじが咲きます。
山頂に登れば、瀬戸瀬の町並み、前方には遠軽が、そして上、中、下湧別の町々、そして雄大なオホーツク海を眺望できる景観が楽しめるようになっています。
そんな薬師山の山頂には、「薬師堂」と言われる、お堂が建立されています。これは、明治35年に当時の駅逓責任者であった佐藤多七が建てたもので、薬師如来が祀られています。その後、大正14年に建て替えられたのが現在のお堂であり、そこから少し下の方には、皇紀2600年を記念して国防婦人会瀬戸瀬支部で建てたお堂もあります。
また、ふもとに建立されている山神の碑も多七が建立したもので、明治27年、囚人道路と呼ばれていたこの道の旧囚人宿舎を住居にあてた際、裏に立ち並んでいた67本の墓標には、戒名ではなく殺人や窃盗などの罪名で記されており、そこから夜毎「助けてくれ」との声やうめき声が聞こえてくるため、多七は酒や供物をして鎮魂に務めていまいた。
しかし、明治31年の大洪水で墓標が流出、残ったものも野火で消失してしまいました。そこで、薬師山で見事な岩を見つけた多七は息子や住民と力を合わせ巨石を運び石碑を立てました。
その際、この道路の建設のために力を尽くしてくれた人々が死後もなお囚人と呼ばれ続けるのは気の毒と考え山の神、「山神」として刻入しこの石碑を建立したのです。
現在も、山頂までの道のりには、地域の発展と囚人道路建設の犠牲者への感謝の念が込められたと言われる霊場八十八ヶ所巡りができる登山道となっています。
また、薬師寺如来堂の例祭日は「山神」と同じく旧暦の4月8日で、登山参詣者は町の内外を問わず賑わい、衰退しながらも明治より今も続いています。